コミュニケーション能力(人間関係の構築)は失敗したときの逃げ道だ。ゆえに失敗が許されないように自分を追い込め。

ネット環境が整わないこの3週間のうちにはてブでコミュニケーション叩きが活発だったようだったらしい。
http://a-pure-heart.cocolog-nifty.com/2_0/2006/04/post_e2a7.html
http://d.hatena.ne.jp/ululun/20060412/shinri060412
コミュニケーション能力をウリにする人が醜悪な理由 - 分裂勘違い君劇場 by ふろむだ


私は今年社会人になりたての新人なので、会社の合宿研修なるものがあって、そこでマナー研修だとかグループワークだとかをやった。
用意されていたプログラム自体はとても素晴らしいものだった。
しかし、そのプログラムの最中どうも苦手な人が一人出来てしまった。
人間関係至上主義、というかいわゆる「場の空気」を何よりも大切にする人だった。
彼は夜の部屋飲みでも場を盛り上げようと一番頑張っていたし、とりあえずそんな人だった。
私は元体育会系だし、人間関係や上下関係といったものに対してかなり重要視してはいたが、やはり結果主義というか成功体験や勝利というものでこそ充実感を得られるという価値観だったので、彼の価値観はよく理解できつつもグループワーク中の彼の言動はどうも主目的を履き違えているように感じていた。
例えば、試合で負けてしまったとき「俺たち良く頑張ったよな!!」と一番に言い出す人。確かに引退試合とか、もうこれで最後というときには「よく頑張ったよな」はありだと思う。


あほか、こいつは。新人研修でこれはねぇだろ。

しかし練習試合で負けたときは何が敗因だったのか検証しなければならない。「よく頑張ったよな」では成長が無く次もまた負けてしまうではないか。


結論としてはコミュニケーション能力には2種類あるということだ。

  • 人間関係構築(雰囲気作り)のためのもの



  • 議論(次への成長)のためのもの


雰囲気作りのためのコミュニケーション能力に必要なものはネタの多さ、引き出しの多さ、ノリの良さ、そして空気を読む。
一方議論のためのコミュニケーション能力に必要なものは論理性、本質の理解、そして嫌われ役
この嫌われ役がいないと議論が進まないというか、本質(問題の原因、本当に悪いところ)が見えてこない。
以前書いたDream of Californication - 消費という名のクリエイト行為じゃ無いけど、今の状況を明確に認識して、これからの目標に向けて進む意識を持っている人こそが、本当のコミュニケーション能力があるということができるのではなかろうか。


営業とか外回りのビジネスマンには人間関係構築のためのコミュニケーション能力が大いに必要だろう。
しかし社内でのプロジェクトに必要なのは、なぁなぁの関係ではなく、情報や認識の共有であり、それに必要なのは論理性や本質の理解といった議論のためのコミュニケーション能力なのだ。


何をいまさら、だけど。


でも

もっとも重要な能力は、技術力でも論理的思考能力でもなく、そういう複雑な利害関係と感情関係を調整し、組み立てて、自分のビジョンを現実化する能力だ。

「おまえも空気の奴隷になれ」って?「空気読め」の扱い方次第で人生台無し - 分裂勘違い君劇場 by ふろむだ
を読むと、人間関係構築には「空気を読む」のは「利害関係を読む」ことであり納得させられるセンテンスだった。